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父を亡くして

暗い記事です。
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 父親が56歳という若さでこの世を去りました。がんでした。元々両親は自分が6歳の頃に離婚して、紆余曲折あって母方に引き取られ、それから父とは年に一度会うくらいの関係でした。二度再婚していることもあって顔を合わせづらいような気持ちもありましたが、それでも会えば優しく接してくれ、誕生日を祝ってくれたり、自慢のオープンカーでドライブに連れて行ってくれたり、自分が事故で入院したときには駆けつけてくれたりしました。ちょうど去年辺りにがんで一年の余命宣告を受け、がんセンターに入院していた時は何度か見舞にも行きました。新しい奥さんにもご挨拶し、それから元気になって自宅に戻っていたそうですが、先日容態が急変して再び入院し、奥さんに看取られながら亡くなったのだそうです。母が不仲で色々言われてきたこともあって複雑な思いでしたが、父親は父親ですし、長男としてこれまた複雑な立ち位置でしたが、奥さんのご厚意もあって葬儀に出させてもらいました。父と共に過ごした時間はあまりにも短く、余命宣告である程度の覚悟ができていたとは言え早すぎる死にはこたえるものがありました。

 年の割には若々しく、マッチョでいつもカッコいいクルマに乗っていて、あまり他人に話したことはありませんでしたが内心では自慢の親父でした。火葬が終わって小さな壺に収まった親父を抱えて、人生って本当に分からないなぁと涙を滲ませながら思いました。助手席の弟に骨壷を持ってもらって父の家まで帰ったとき、そういえば自分の運転でドライブには結局連れて行ってあげられなかったなと思い、諸々が済んだあとは父を偲んで、最後に父に会った時に見せてあげた自慢の愛車のシビックで山中湖へドライブへ行きました。ドライブ、クルマは父が大好きだったもので、兄弟もろとも遺伝なのか英才教育のお陰なのか、今の自分たちの生きる希望になっています。仕事も仲間も人生もクルマあってこそというものばかりで、この辺りは一番父に感謝しなくちゃななどと考えてます。シビックを見た父が良いクルマ買ったじゃんと褒めてくれて『タイヤとオイルはいいの使えよ』と忠告してくれたのも忘れられません。このシビックにはいつまで乗り続けられるか分かりませんが、降りる日が来るまでは大切にしなくちゃなと思います。

さて、死んじゃった人を悔やんでも元には戻りませんから駄文はこれくらいにしておきます!
クルマが走って意義を持つように、人間も前向いて進んでいかなくちゃなりません(`・ω・´)
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| 日常・ネタ | 21:57 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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