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戦車のある神社

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昨日ネットサーフィンをしていると、日本軍の戦車のある神社があるという情報を知りました。
陸軍少年戦車兵学校の跡地に建てられたそうで、意外と近所だったので早速行ってきました。
劇場版ガールズアンドパンツァーにも登場した戦車なので一応聖地巡礼カテゴリーです。


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この神社は若獅子神社と言い、静岡県富士宮市にあります(公式ホームページ)。
富士宮道路の上井出インターのすぐそばにあり、案内看板も分かりやすくアクセス良好です。

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建立は1984年と比較的新しい神社で、よく管理されていて建物や境内はきれいでした。
名前の「若獅子」は少年戦車兵のかつての愛称で、由来がとてもわかりやすいですね。
ここで育ち海の向こうで散っていった600名余りの彼らと教官を祀るために作られました。

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日曜日なので本殿や社務所は閉まっており、自分の他にはボランティアで清掃をしているご夫妻以外に誰もいませんでした。後ほどこのご夫妻から非常に詳しいお話をたくさん伺えました。

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敷地内にあるこの高い塔は若獅子の塔と言い、神社よりも早い1969年に建てられました。
戦没者のための忠霊塔です。とても高く立派です。三階建てのビルくらいの高さでしょうか。

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塔の隣にあった石碑には命を落とした少年戦車兵と教官たちの名前が連なっていました。
第二次大戦は遠い昔に感じますが、名前を見るとみんな今とほぼ変わらない氏名でした…。
亡くなった戦車兵は自分と年が近い、若い子たちばかりだったのもあり他人事とは思えません。

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そして慰霊碑の向こう側、境内の左端に戦車が鎮座していました。帰還戦車でかつての戦地サイパンの地中に眠っていたものが1975年に有志によって掘り起こされ日本に帰されたものです。同時期に帰還したもう一両があり、そちらはレストアされて靖国神社に展示されています。

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帰還戦車はあの有名なチハタンでした。九七式中戦車(チハ)の57mm砲を搭載したものです。
1938年から1944年にかけて生産された、第二次世界大戦時の日本軍の主力戦車でした。

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チハタンの短砲身ってあらためて車両を見ると本当に短いですね!砲塔から出るか出ないか?
元はといえば対戦車ではなく歩兵の支援のために作られ、後年は大型砲塔になったそうです。

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同時期の他国の中戦車に比べると車体も小柄で、その名前や弱さからネットなどの一部では人気のある車両です。自分もゲーム BF1943やWoTで馴染んでいましたが実機は初見です。

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それもそのはず、現存する実機は国内ではここと靖国遊就館だけなのです。かなり希少です。
ガルパン劇場版では知波単学園なんて出てきて活躍をしてましたがどんな世界なんだ…w

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実物はもっと小さいかと思っていましたが、そこは戦車で単体で見るとかなりのサイズ感です。
大きさは全長5.55m、全幅2.33m、全高2.33mです。ハンヴィーより一回り大きいです。

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土中に眠っていた戦車ですが車内からは人骨と半分に折れた軍刀が発見されたのだそうです。
ネットでネタ的扱いを受けている戦車だろうと、本当に殺し合いに使われていた道具なのです。

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詳細を見ていきます。車両の各所には被弾痕が多数残っており、目印がつけられています。
貫通している箇所があるかは判別できませんでしたが、写ってないところにも多数あります。

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弱いで有名なこの装甲です。全方位からこれだけ撃たれてさぞ怖かっただろうと思います・・・。
ちなみにチハは小銃弾が貫通するレベルの薄さという逸話がありますが流石にウソらしいです。

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57mm砲と機関銃。砲身はゲームで見るとかわいいですがこれは誰かを殺していたかも。
そんなことを思うと実物からは禍々しい雰囲気を感じます。使われた兵器ですもんねぇ・・・。

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銃口にはテーパーがつけられています。ハッチのノブなどディテールがよく残されています。
しかし戦車って本当に鋼鉄の塊ですねぇ。一両作るのにどれだけの鉄を使ったのだろうと。

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トゲトゲとしたリベットが印象的です。以前はここで子どもがよじ登って遊んでいたのだとか。
全体のサイズこそ大きく感じた戦車ですがハッチの出入りは今の体型の日本人には大変そう。

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地中に30年間眠っていただけあって、キャタピラは特に腐食が激しく崩壊しかかっていました。
車輪なんかはもう崩れて引っかかっているだけになってしまっているものもありますね。

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反対側の車輪にはゴム製とおぼしき部品がわずかに残されていました。よく残ってたよ・・・。
あれだけ地中に眠っていたにもかかわらずここまでの状態を残しているのはすごいです。

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左右に備えられた排気管。実機だとこうして横向きになっているものがあったんですねぇ。
排気量21,720ccの空冷V12ディーゼルが左右に吐き出す排気ガス・・・迫力ありそうです。

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車両は二度に渡って修復をされているようですが、この先が心配な状態でもあります。
神社のお賽銭はこの戦車の管理にも使われるそうなので、自分も少し協力をしました。
敷地内に芳名録を書く所があるので、寄付をしたら名前と金額を書いておきましょう。

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近くに新しい諸元表がありましたが、内容は大体戦車の所にあるものと同じものです。
ここでボランティアで清掃しているご夫妻から詳しいお話をたくさん伺うことができました。
旦那さんの働いていた会社の社長さんがこの戦車の展示・管理に多大な尽力をされたこと、
その社長さんは元戦車整備兵で国内のチハを改修し戦後初の国産ブルドーザーを作ったこと、
そして旦那さんが車庫に戦車もある中その隣でそのブルドーザーの修理を行っていたこと、
そんなエピソードからこの神社に掃除だけでも協力できればと清掃をご夫妻で続けていること、
戦車のお祓い前に奥さんが車体を触ると手が離れなくなり浅間大社にお祓いをお願いしたこと、
ここ一帯が戦車学校で、建物の基礎などそうした名残が周囲各所に残っていたということ、
当時千葉からここに学校が移ったのは満州の厳しい気候に近いここを選んだからということ、
息子さんが陸自・海自に勤めているのもあり二次大戦の悲しい歴史を風化させたくないこと、
昨今の軍事・平和にまつわる諸問題でここが世間の忘れたい所になってしまうかもということ、
戦車の引き上げや管理などは国や市が携わることができず有志だけで成り立っていること、
この神社の現在の管理人がもう90歳で、ここを引き継いでくれる人が未だに現れないこと…
昔は子どもがよじのぼって遊んでいたことやご遺体が発見されたこともご夫妻から聞きました。
この貴重なお話を伺えたのは偶然自分が居合わせたからで、その偶然とご厚意に感謝です。

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戦後70年以上が経ち、こうしたものが負の遺産として世間に忘れ去られるものになってしまうのではないかということについてはかなり考えさせられるものがありました。戦争遺産は正しく残すことによって、実際に起きてしまった過ちを永久に忘れないものとして受け継がれていくべきものであると思います。世間が戦争アレルギーを起こして頭ごなしに否定は良くないことですよね。
集団的自衛権など軍事に関する議論は近年深まるばかりですが、過去に我が国が起こした悲劇についてみんながもっとしっかり向き合って勉強して(もちろん自分もですが)これからの我が国に本当に必要な軍事力とそうでないものの見極めをしていけるようになればなと思いました。

近年は第二次世界大戦を取り扱ったアニメなどの数々がブームになっていることもあり、もちろん自分もそれらのファンですがこれらをきっかけに戦争の歴史に触れようとする方も多いのではないでしょうか。自分のこの記事が微力でもそんな一歩のきっかけになれればなと思います。
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| ガルパン聖地巡礼 | 23:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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